« 2012年8月 | トップページ | 2012年10月 »

2012年9月

2012年9月19日 (水)

つまる話。

つまる話。
万年床の牢名主となって、早や3週間…。
窓の外のシャバの空気が恋しゅうございます。


この度、母乳育児のお母さんなら誰もが恐れる病気……乳腺炎!!!になってしまいました!

ひぃぃー

簡単に言うと、乳が詰まって、炎症をおこすやつです。ひどくなると、外科でおっぱいを切開して膿を出す。という、信じられない荒療治に発展します…。

ひぃぃー


3日前から右乳がカチンコチンに腫れて、ズキズキ痛くなった私。
脂汗を流しながら、近くの助産院へGO。
マッサージをしてもらうことに…。

ちょうど、その院では看護師の研修中の女子高生達がうじゃうじゃ居てて、担当の助産師さんが、
「嫌でなければ、見学させてもいいですか?」
というので、
「全く構いませんよ。」
と、大人の余裕を見せてみた。

しかし……


いいぃ痛いっっ!!
痛いよっっ!!!


なかなかの手強いしこりで、ぐりぐりぐりぐり絞り出されること、1時間強。
ということは、激痛が1時間強ってことです。


何度も「5分、5分休憩させてくださいっっ!」って叫びかけた…。

飛び散る乳飛沫、苦悶の表情でたまに足をバタバタさせている私、汗だくの助産師、泣き叫ぶマナ息子、居並ぶ女子高生……、なんだかよくわからんが修羅場です。

最後にどうしても取れないしこりがあると匙を投げた助産師さん、
「様子みて、よかったら一度外科を受診してみてください。」


…キターーーッ!!!


あれだけ痛い思いをした後の、世にも恐ろしいNGワード。
乳腺炎、恐るべし。


そして、結果、外科に……行ってません。
恐ろしすぎて。

というのも、マッサージ以来、痛みと腫れがだいぶひいてしまったからです。
びくびくしつつ、経過観察です。

とりあえずキャベツを胸に貼っておけば、腫れが治まるよ。と教えてもらい、せっせとキャベツを貼っています。
朝起きて、忘れた頃に胸からキャベツの浅漬けが出てくるので、多少驚きます。

なんとかこんな感じで、ゆるゆると治ってほしい。
藁にもすがる思いの私であります。


母乳で育てるって、こんなに大変なのね…。
嗚呼…


写真は、授乳後にそっと差し出されるキャベツ…。
エサのようで、なんだか切ない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年9月 7日 (金)

新米ベビー、社会に出る。

新米ベビー、社会に出る。
本日はマナ息子の生まれた産院での、一週間検診(実際には2週間経っているが)。

待合室は同週生まれの赤ちゃんであふれていた。

分娩室オン・エアーのFさんは首のすわらない我が子を、首がすわる子用ベビーカーで、首をがくがくさせながらもがんばって連れて来てたり、

切迫早産で保育器に入っていた、Oさんの赤ちゃんは、すっかり大きくなって、真っ白なベビードレスを着て、ご機嫌良さそうにニコニコ笑ってたりして、

あぁ、みんながんばって育ててるんだなぁ、と、新米ママの奮闘を想像しては、連帯感で胸が熱くなりました。

検診の結果も上々で、褒められた喜びでマナ息子はうんこを撒き散らした。

…助産師さんごめんなさい。


そして、帰りに役所に寄って、医療費補助の手続きなぞ。

そういえば、出生届けはダンナが市役所に出しに行ってくれたのですが、隣の窓口に来ていた、20代前半くらいの若いパパが、

「出生届け、間違ってたらいけないと思って、シャーペンで書いてきました!!確認してもらって、間違いがなければボールペンで清書しますんで、よろしくお願いします!!」

と、鼻息荒く提出していたらしい。
あぁ、なんか初々しくて微笑ましいなぁ…。

ちなみにうちのダンナは、一番始めの“子の名前”の欄に、思いっきり自分の名前を書いてしまい、訂正印で誤魔化したうっかり者です。
30代後半なんて、こんなもんです。


できたての、マナ息子の健康保険証を手にして、こんなちっちゃくて、外にも出ず、超プライベートな存在なのに、もう立派に社会の一員なのね。となんだか不思議な気分。

こいつが立派に税金を納める日まで、お役所さんもサポートよろしくお願いします。

と、親子共々役所に頭を下げた残暑の尼崎なのでした。

写真はチャイルドシートがイヤで、情けない顔でアピールをして見せるマナ息子。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年9月 5日 (水)

分娩室オン・エアー

分娩室オン・エアー
3日3晩のオールナイト・フィーバー(=夜泣き)も少しコツを得てきて、いくばくか眠れるようになってきました。

もう生後2週間というか、まだ生後2週間というか、しんどくなったり楽になったりしながら、子育てはまだまだ延々続くのねぇ。 ぞくぞく。

とかいいながら、先日はマナ息子を抱っこしながら、『大きなのっぽの古時計』の歌詞のおじいさんを、マナ息子の名前に置き換えて歌っていたら、途中から涙で歌えなくなりました。

2番の「きれいな花嫁やってきた」あたりで胸がつまり、

3番の「お別れの時がきた〜」あたりでもう歌えていません。

そんでもって、
「ああ、この子と一緒に暮らせるのも、あと20年くらいなのかしら…、よよょ…。」
とか思うと、もう親バカ・感極まれり。ですよ。

てか、歌詞の性質上、悲しくなるのわかってるんだから名前置き換えるなよ、と思いますが、“童謡”というひとくくりでついやってしまいました。
皆さんも気を付けて。

ちなみに、夜泣きで体力の限界の時は、筋肉少女帯の『蜘蛛の糸』などを歌って凌いでいます。
あまりウケはよくありません。

さて、音といえば、先日の退院前日、産院のダイニングルームで朝食をとっていたら、(うちの産院は、動ける産婦はダイニングルームで朝食をとる)向かいの人が
「あのー、もしかして藤田さんですかー?」
と、話し掛けてくれた。
「え、あ、そうですけど?」


「私、藤田さんが産む時、隣の部屋にいて、全部聞いてたんです。……感動しました!!」


!!!なにぃぃぃ〜〜〜〜っっっ!!!

聞けば、その人は私の前に緊急帝王切開を受けていた人で、この人の時もまだ満床だった為、処置後、とりあえず分娩室の横の、隙間みたいな部屋に寝かせられていたらしい。
そこへ今度は私が分娩室に担ぎ込まれ、その人は私の産みの苦しみをくまなく実況放送で聞いた、というわけである。

その人は、すごいいい人で、

「私、一人目の時は普通分娩で、死ぬほど痛くて叫びまくってたのに、藤田さんは、あれ?誰もいないのかな?ってくらい静かで、でも、最後のところはすごいがんばってて…、すごかったです!私、無事に産まれた時、一緒に拍手しましたっ。」
と、言ってくれました。


ありがとうっっ!

でも

恥ずかしいよっっ!!!


私はダンナが仕事で間に合わなかったので、立ち会いもつけず、一人で結構遠慮なく唸っていたのに…。

こんな所に実況放送されていたとは…。

自分の行為とはうらはらに、穴があったら入りたかった、月曜の朝でした。

ちゃんちゃん


写真は、その時引き抜かれたかぶの2週間後の姿。
左にあるのが私の指です。これで縮尺測ってください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2012年8月 | トップページ | 2012年10月 »